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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1411号 判決

主文

原判決を左の通り変更する。

控訴人兼附帯被控訴人は被控訴人兼附帯控訴人に対し昭和三九年一二月一〇日限り原判決添付物件目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和三二年一月一日以降昭和三二年二月二日迄一ヶ月金三、二一二円の割合による金員を支払うことを命ずる。

被控訴人兼附帯控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は控訴及び附帯控訴に関する分とも第一、二審を通じてこれを平分し、各その一を被控訴人兼附帯控訴人及び控訴人兼附帯被控訴人の各負担とする。

事実

控訴人兼附帯被控訴人訴訟代理人は控訴事件につき「原判決を取消す。被控訴人兼附帯控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決、附帯控訴事件につき附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴人兼附帯控訴人訴訟代理人は控訴事件につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人(兼附帯被控訴人)の負担とする。」との判決、附帯控訴事件につき「附帯被控訴人(兼控訴人)は附帯控訴人(兼被控訴人)に対し原判決添付物件目録記載の家屋中、付属一号木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一三坪二合外二階坪一三坪二合のうち二階坪一三坪二合の部分を明渡せ。」との判決を求めた。

当事者双方(以下控訴人兼附帯被控訴人を控訴人、その訴訟代理人を控訴代理人と略称し、被控訴人兼附帯控訴人を被控訴人、その訴訟代理人を被控訴代理人と略称する。)の主張並びに証拠の提出援用、認否は

控訴代理人において「(一)被控訴人は控訴人の亡夫田中栄が本件家屋の賃借人でありここを居住及び営業の本拠としていることを十分知りつつ同家屋を買受けたものであつて、かような場合前所有者が解消しえなかつた賃貸借契約を新所有者の都合で解消させ借家人をして所有者の変動がなかつたとすれば平穏に維持せられた筈である生活の本拠をみだりに喪失させるようなことがあつてはならないのである。すなわちこの場合新所有者の自己使用の必要のみでは正当理由は充足せられないのであり、その必要性が極めて緊急なことおよび明渡が実現せられてもこれにより借家人の有した居住権が決して有名無実なものではなかつたと考えられる状況の存在が肝要である。(二)本件家屋は旧所有者の三木忠が特に必要あつて被控訴人に売却したものではない。而して控訴人夫婦は賃借当時より将来は自分方で買取るべく計画し家主の三木もその意向であつたので修理一切は控訴人方においてしてきたのであり三木もこれを承認していたのである。控訴人夫婦が本件家屋に施した修理は別表記載のとおりであつてその費用は相当な額に達するのでありこのことも本件正当事由有無の判断につき斟酌せられなければならない。(三)仮りに被控訴人側に本件解約申入れをなすについての相当な事情があるとしても右解約権の行使は権利の濫用である。すなわち(イ)被控訴人は同人が関係する会社の事業場として数工場を有し、また本件家屋の西隣りに一棟一戸の家屋を所有してこれに妻子を居住させていたのをその後右家屋を自己の都合で明渡し他人に賃貸する等したのである。(ロ)被控訴人は控訴人の亡夫栄との間に奈良簡易裁判所で昭和二四年二月二八日成立した裁判上の和解条項を履行しないでおき、今回勝手に自己使用の必要を理由として明渡を求めている。かような被控訴人の所為は仮りに同人において現在住宅事情が逼迫しているとしてもそれは同人自身において招来したか又は努力を怠つたがためのものであつて本件明渡請求は自己の非を省みることなく一切を控訴人の犠牲に求めんとするものというべく正に権利の濫用であり許さるべきでない。(四)附帯控訴に関する被控訴人の主張事実はこれを争う。」と述べた。

(立証省略)

被控訴代理人において「本件建物は建築以来既に三〇年以上を経過し土台、柱、内外壁などの建築要部に腐蝕、破損等の部分が多く加うるに昭和三六年以来の数次の台風のため建物自体及び内部の各部が傾斜し何時倒壊するかもわからない危険な状況にありこれを修理するためには殆ど新築と同じ費用を要するので被控訴人は控訴人の明渡あり次第本件家屋を取毀し新築する予定である。よつてこれを新たに正当事由として本件家屋全部の明渡しを求める。」

と述べた。(当審昭和三九年六月九日口頭弁論期日における陳述)

(立証省略)

理由

一、控訴人は本案前の抗弁を提出しているがこれに関する当裁判所の判断は原判決理由(冒頭から二枚目表九行目迄)に述べられているのと同一であるからここにこれを引用する。

二、よつて以下本案につき考えるのに、双方当事者間に争いのない事実、被控訴人が昭和三二年八月三日控訴人に送達せられた訴状を以て本件解約の申入れ(第一次解約申入れ)をした事実および右申入れ当時における被控訴人方の事情に関する原裁判所の判断(原判決理由二枚目表一一行目以下三枚目表末行目迄)は当裁判所の認定と同一であるのでこれを引用する。

三、ところで控訴人の本件家屋の使用状況については原審における控訴本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第六号証、原審証人天野志よう、山嶋吉治郎、勝嶌義隆、植村平太郎(第一回証言中の一部)、小島市太郎(一部)、当審証人奥田忠五郎の各証言、原審及び当審における検証及び当事者双方各本人尋問の結果(以上当審の分はいずれも第一回)並びに弁論の全趣旨を総合すると、控訴人は昭和二四年七月亡夫栄の死亡後本件家屋に単身居住し習字及び茶華道を教えて生計の途をたてていること、而して生徒の数は習字、茶華道とも各三〇名位いであるが、習字については本件家屋のうち二階八帖、一〇帖の二間(原判決添付物件目録中附属一号、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一三坪二合外二階坪一三坪二合のうち二階一三坪二合の部分)が教習場に宛てられており、習いに来るものは殆ど小中学生であつて主に土、日曜の週二回に分れてくること、また茶華道については階下八帖の間を使用しているがそこで習う者は比較的少数で主として控訴人が出稽古をしていることなどが認められる。前掲証言等のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四、而して被控訴人方の事情として前記二において摘示した事実および本件第一次解約申入当時の同人方家族は被控訴人夫婦、成年に達した三男、四男、成年間近い次女の五人(当審における第一、二回被控訴本人尋問の結果によるとその後多少の変動があり現在の同居家族は被控訴人夫婦、成年に達した次女、二男夫婦及びその子二名の計七人である。なおこれに当審第二回検証の結果を参酌すると同人等居住の工場は昭和三八年秋二階の二室と炊事場が増築せられたが工員が増加したのに食堂や更衣室もなく被控訴人が引取つている妻の母、及び弟妹も女子工員用の居室の一部に寝起きしているためさらでだに不足な同居室が益々不足となり被控訴人が本件家屋へ移居したいとの願望は一層強いものとなつていることが窺われる)である当事者間争いない事実と比照してみると控訴人が単身本件家屋全部を占拠しているのは被控訴人側の住宅事情と余りにも権衡を失したものということができるのであるが、他面控訴人は前記のとおり本件家屋を居住及び収入源の本拠として女手一つで生計を維持しておるのであるから、本件家屋全部を明渡すことはもとより、原判決認定の前記二階二間を残してその余の部分を明渡すとすることも、前記三に述べた状況および道具類の置場所も必要であることに照らしてみて、他に適当な(全部又は一部の)移転先がない限り控訴人の生活に破綻を来たす虞れが多分にあると考えられ、而も弁論の全趣旨によると当分右移転先のないことは明らかであるから右明渡しは被控訴人側の前記括弧内の事情を考慮に入れても、なおかつ控訴人に不当な犠牲を強いる結果となるものというべく、したがつて結局被控訴人の自己使用の必要を理由とする第一次解約申入れは借家法第一条の二に規定せられた正当事由を欠きその効力を有しないものというべきである。

五、次に被控訴人は第二次解約申入れとして当審昭和三九年六月九日の口頭弁論期日において新たに本件家屋は腐朽著しくこれを取壊し新築する必要があることを理由として全部の明渡しを求めるに至つたのでこの点につき判断するのに、原審証人浜口武の証言(第二回)、同証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証および原審鑑定人森川孝雄の鑑定の結果によると本件家屋は昭和三五年五月頃すでに相当老朽し、土台腐朽、床束緩み、壁落ち、天井釣木はずれ、おさえふち浪打ち等の損傷があり建物全体としても東南に傾斜していて補強修理の必要に迫られていることを認めることができるのであつて、これに当審第一回検証、同被控訴本人尋問の各結果並びに弁論の全趣旨を総合するとその後本件家屋の荒廃は益々甚だしくひとたび台風があると何時崩壊するかも分らない危険な状況になつていることが明らかであり、右認定に反するなん等の証拠もない。してみると本件家屋は今において相当大規模な修理を加えなければならない程度に老朽化しているものということができ、被控訴人が前記本人尋問において同家屋を早急に取壊す必要があると述べているのは首肯しうるところである。而してこれによると被控訴人が昭和三九年六月九日になした本件第二次解約申入れは正当事由を具備するものというべきであるから右解約の効果は同年一二月九日の経過によつて発生し控訴人は同月一〇日限り本件家屋を明渡すべき義務を負担するに至つたものというべきである。

而して被控訴人の右請求は将来の給付を求める訴というべきであるが本件訴訟の経過に照らし期限到来後即時に控訴人の履行が期待できないことは明らかであるから被控訴人において予め請求する必要あるものと解すべきである。

なお控訴人は被控訴人の解約権の行使は権利濫用であると主張するが前記認定の事実に徹すると右解約権の行使を以て権利の濫用と目することはできず右主張は採用しえない。

六、よつて次に被控訴人の賃料及び損害金の請求について考えるのにこの点に関する当裁判所の判断は「本件賃貸借は昭和三九年一二月九日までは存続するのであるから損害金の請求は失当であり(賃料としての請求については附帯控訴がない)、被控訴人の請求は昭和三二年一月一日以降同三三年二月二日迄一ヶ月金三、二一二円の割合による金員の支払いを求める限度において認容すべきである」旨を附加するほかは、原判決理由五枚目表八行目以下六枚目表六行目迄に説示せられた原裁判所の判断と同一であるから右理由部分をここに引用する。

七、以上の次第であつて被控訴人の本訴請求は控訴人に対し、本件家屋を昭和三九年一二月一〇日限り明渡し且つ昭和三二年一月一日以降昭和三三年二月二日迄一ヶ月金三、二一二円の割合による金員の支払いを求める限度において正当として認容すべく、右限度をこえる部分は失当として棄却すべきである。

よつて原判決を右のとおり変更すべきものとし民事訴訟法第三八六号第九六条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

修理明細表 (省略)

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